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大阪高等裁判所 昭和25年(う)2385号 判決

控訴人 被告人 安田千秋 外二名

弁護人 上西喜代治

検察官 米野操関与

主文

本件控訴はいずれもこれを棄却する。

理由

弁護人上西喜代治の控訴趣意第三点について。

論旨は要するに新聞雑誌の報道の自由ということを選挙についていえば、選挙に関して報道及び評論を掲載することの自由であり、その内容が真実である限り何らの制約をも受けないものであり、従つてその内容が主として候補者又はこれを推薦する政事結社若しくはその他の団体の名を表示するものであつても差支ないのであつて選挙運動の文書図画等の特例に関する法律第九条の規定は右自由の保障と衝突し憲法に違反するものであるから新聞雑誌の報道に関する限り右規定の適用を除外すべきものであると主張する。

そこで、憲法と選挙運動の文書図画等の特例に関する法律との関係について考えるに、憲法第二十一条によつて保障される表現の自由というのは新聞紙についていえば報道及び評論の自由であるが、しかし、この報道及び評論の自由も絶対無制限のものではなく公共の福祉のためにおのずから制限されるもやむを得ないと解すべきである(最高裁判所昭和二十五年九月二十七日大法廷判決参照)そして選挙運動の文書図画等の特例に関する法律は、第一条に明規するように用紙その他の資材の不足等極めて窮迫した経済事情の下に行われる選挙を最も適正且つ公平ならしめることを目的として衆議院、参議院、地方議会の各議員及び地方公共団体の長すなわち広く政治の運営に最も重要な職責を負う者の選挙において選挙運動のために使用する文書図画等の頒布又は掲示について適用されるものであつて、わが国の特殊事情によつて選挙の適正公平を期するために、文書図画の使用に制限規定を設けたがために新聞について或る程度報道評論の自由の制限をもたらす結果となつても、その制限規定を憲法に違反するものということはできないから論旨は理由がない。

よつて刑事訴訟法第三百九十六条に従い主文のとおり判決する。

(裁判長判事 佐藤重臣 判事 梶田幸治 判事 大田外一)

弁護人上西喜代治控訴趣意

第三点原判決は新聞報導の自由との関連に於て前掲法律第九条の解釈を誤解して罪とならない事実について法律を不当に適用した違法がある。すなわち

一、新聞は報導の自由を持つている、一九四九年一月十五日総選挙が大詰に近づいた時、総司令部の新聞課長インボデン少佐は次のような趣旨の声明を発した。

イ、支持反対の如何を問わず、いかなる政党、いかなる候補者についても之を自由に論じることは新聞の義務である

ロ、日本の新聞は憲法に保障された新聞の自由を享受している

ハ、日本の選挙法によれば新聞が特定の候補者を支持することが禁止されていることについては、そのような法律があるとすればそれは明らかに公衆の利益に反するものであり、また外部から判断する限りに於て、言論の自由を確立した日本の新憲法に矛盾すると(時事年鑑より)

また新にできた公職選挙法第百四十八条は「この法律に定めるところの選挙運動の制限に関する規定は、新聞紙又は雑誌が選挙に関し報導及評論を掲載するの自由を妨げるものではない」と規定してこのことを明らかにしたのである。

二、しかるに前掲法律第九条は、第二条及第四条の脱法行為として「主として候補者又は之を推薦する政治結社若くはその他の団体を表示する文書図画」そのものを頒布したり、掲示したりすることを禁止した規定であるから、前述の新聞報導の自由とは直ちに正面衝突をする。何故なれば新聞報導の自由は選挙に関し報導及評論を掲載するの自由であり、その報導の内容は真実である限り自由であつて何等制限せられるものでなく、従つてその内容が「主として候補者又は之を推薦する政治結社若くはその他の団体を表示する」ものであつても一向差支えないからである。

而して原判決はこの衝突を免れる為めに、新聞報導も、その報導文書に「主として候補者又は之を推薦する政治結社若くはその他の団体が表示せられ」た場合には、行為者に於て特定の候補者に当選を得しめる目的で為された以上、それは既に新聞報導ではない。従つて形式上新聞報導で為されていても本条の適用を受くべきである、との趣旨に解釈せられたようである。

イ、元来前掲インボデン声明にいう支持反対の如何を問わず、いかなる政党いかなる候補者についても之を自由に論ずるということは特定の政党特定の候補者を支持し、又は論難することの自由であり、その支持し論難するの自由は、その政党その候補者の当選を得、又は得せしめない意思目的を前提としてのみ理解されるのであつて、新聞がかかる意思目的なくして漫然と特定の政党特定の候補者を支持し論難すること等は想像し得ないし、もしかゝる意思なくして支持し論難することは、寧しろ新聞の邪道でさえあると考える。

ロ、又新聞報導の自由は真実を報導する自由である、真実である限りその内容を制限することは許されない。又新聞評論の自由は選挙に際し、特定の候補者を支持し論難するの自由を含む。従つてその文書の内容はそれが事実の報導の場合であれ、新聞評論の場合であれ、「主として候補者又は之を推薦する政治結社若しくはその他の団体を表示する」内容の記事であつても之を制限することはできない筈である。これを制限したり禁止したりすることは憲法に違反する。勿論その報導に虚偽の事項を記載したり、又は事実を歪曲して記載する等表現の自由を濫用することは、公共の福祉に反するものとして、禁止されるのは当然であるが(公職選挙法第百四十八条第一項但書御参照)しかしその記事が、詳細にわたつていようと或は単純に書いてあろうとその内容が真実である以上それは自由でなければならない。

ハ、従つて選挙に際し新聞が、特定の候補者に当選を得しめる目的で「主として候補者又は之を推薦する政治結社若くはその他の団体を表示する」単純な文書で事実を報導をした場合に於ても、それが真実である限り報導の自由のワク内に入る。之をもし禁止したり制限したりする法律は憲法違反であり、インボデン声明と矛盾する。この意味に於て、問題の前掲法律第九条を原判決のように解釈することは許さるべきではない。

ニ、原判決の本件「京教報」の特報は、被告人等に於て高山義三に当選を得せしめる意思の下に出されたものであるから、選挙運動であつて新聞の事実報導ではないという見解は、意思と事実、主観と客観とを混同し、新聞報導も選挙運動の為めに為された場合には、新聞報導でなくなるとの独善的な考え方を前提とした為め、前述した通り「新聞は自由に特定の候補者を支持し論難することができるのは、新聞がその特定の候補者の当選を得若くは得しめない」ところの意思を持つているからこそ意義があるのであり、だからそれは「新聞の義務なのである」ということを省察しなかつた謬論というべきである。

三、要するにある「特定の内容」を持つ文書図画の頒布掲示を全面的に禁止した前掲法律第九条は、新聞雑誌の報導に関する限りその行為者の意思の如何にかゝわらず、その適用を除外すべきである。論者或はいわん、かゝる解釈を以てしては新聞雑誌の報導に藉口した選挙の公正を害する文書図画が、ハンランするであろうと、しかしながら本件は「特定の内容」を掲載した文書図画を頒布し又は掲示することを禁止した規定であるから、新聞雑誌等にも之が適用されるとするならば、新聞雑誌は特定の候補者を支持し論難し或は他の団体が特定の候補者を支持している事実を報導する場合、例えば「甲新聞は候補者乙なる人を支持する」或は「甲なる団体は乙なる人を支持することに決定した」等主として候補者又は之を支持する団体を表示した新聞報導、新聞特報は全面的に禁止されることゝなり、直接に前掲インボデン声明の趣旨と矛盾し、憲法上の表現の自由はじゆうりんされるの外はない。

思うに新聞雑誌の報導に藉口して選挙の公正が害される慮があるのは、その報導と文書の内容が本条によつて禁止されている「特定の内容」すなわち「主として候補者又は之を推薦する政治結社若くはその他の団体の名を表示」した文書の内容そのものの影響によるのでなく、寧ろその文書図画の色彩や型体等の外主としてその文書図画の頒布又は掲示の方法の如何によるのであり、いゝかえると従来選挙運動の文書図画等の特例に関する法律がこのような新聞雑誌の選挙に関する報導文書等についてその頒布又は掲示の方法に何等の制限を設けなかつたことに基因するのである。公職選挙法がその第百四十八条に先づ「この法律に定めるところの選挙運動の制限に関する規定は、新聞紙又は雑誌が選挙に関し、報導及び評論の自由を掲載するの自由を妨げるものではない。但し虚偽の事項を記載し又は事実を歪曲して記載する等表現の自由を濫用してはならない」と規定して、新聞報導と選挙運動との関係を明かにし、その第二項に新聞紙又は雑誌の販売を業とする者は、前項に規定する新聞紙又は雑誌を通常の方法で頒布し又は選挙管理委員会に於て指定する場所に掲示することができる」と定めてその頒布又は掲示の方法を制限したのは、何れも従来の立法の不備を補つたものといゝ得る。従つて本件「京教報特報」の掲示行為の如きは、現在に於てはこの公職選挙法上第百四十八条第二項違反として取扱はれるから、論者の恐れる新聞報導に藉口して選挙の公正を害する文書図画のハンランはこれ等の新設規定によつて完全に防止されるのである。

しかしながら公職選挙法の公布前である本件発生当時に於てはこれ等の制限規定はなく、又これ等の制限規定の趣旨を盛つた規定は何処にも存在していなかつたのである。しかるに原判決は、この法律の不備をカバーする為めに、被告人等に対し文書内容を制限した前掲法律第九条(第四条)第十四条を適用し、之に刑罰を課したのは罪刑法定主義のじゆうりんであり、又前述した通り憲法上の表現の自由新聞報導の自由と前掲法律第九条との関係を考慮しなかつた同条の独善的な解釈に基因するものであつて、到底破毀は免れないものと信ずる。

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